十中の卒業式に出席して

同窓会長 3期生 栗原 清一

 3月20日、母校の卒業式に出席した。今年は第50回の節目にあたり、その上、卒業生が丁度1万1千名に達するという、母校と同窓会にとって記念すべき卒業式だった。卒業生は男女各26名で合計52名。最も卒業生が多かった7期生532名の10分の1である。私達が卒業した頃は、式場一杯に卒業生と在校生が溢れかえっていたが、在校生をあわせても140名、それに父兄、先生方、来賓で総勢300名に満たない式典である。 
 卒業生が少ないだけに一人一人を大切にした進行が印象的だった。マーラーの第5番第4楽章の落ち着いた演奏の中、名前を呼ばれた卒業生が一人一人壇上に上がり、有吉校長先生から卒業証書を手渡されていく。卒業生の心には、私達の頃のように代表が受け取る形よりも、遥かに深い想い出として残ることだろう。昔の卒業式はとかく来賓の形式的な挨拶が長々と続き、主役である卒業生にいたずらに緊張だけが強いられた感があったが、学校長や教育委員会、PTA会長の挨拶も、卒業生への情愛と真剣に生きることへの期待や望みが込められ聞き応えがあるはなむけの言葉だった。
 圧巻は何と言っても「卒業生の門出の言葉」だった。卒業生が全員壇上に上がり、中学時代の想い出を代表が読み上げ、それに続いて卒業生の合唱があり、別の代表がさらに想い出を進めて、再び合唱、という形で進行する。壇上の女生徒はハンカチで顔を覆っているが、読み上げている男の生徒も涙ながらに言葉をつまらせている。先生方に対する敬愛と感謝の気持ち、十中への母校愛を率直に述べている彼らの純粋な気持ちに打たれたのは、私だけではなかったと思う。

私達の時代に比べると、今は一人一人がとても大事に育てられ、知性や感性のレベルも上がっているのではないだろうか。卒業生の顔を見ていても、私達の頃に比べて良い顔をした人が多いように感じられた。その一方、私達の時代は今よりもずっと活気と希望に満ちていて、社会や政治、企業の道義、倫理もまっとうだったと思う。大事に育てられて知性も感性も優れた若者が出て行く社会が、彼らの可能性と力量を大きく受け止めることが出来るようになるために、何をなすべきなのだろうか? そうした思いも心に涌いてくる印象深い卒業式だった。